講演会/イベント

2023/08/26

講演会レポート

【8月26日】「半蔵門ミュージアムの日本画を楽しむ-その魅力と画面に隠されたひみつ-」 笠 理砂氏

2023年8月26日14時より、山口蓬春記念館副館長 兼 上席学芸主任の笠理砂氏による講演会「半蔵門ミュージアムの日本画を楽しむ-その魅力と画面に隠されたひみつ-」を開催いたしました。

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講演会の内容

●関東大震災と日本画家

 この度の展覧会に出品される作家の生没年を見ますと、関東大震災の起きた1923年は、作家にとってそれぞれの画業の大切な時期であったことがわかります。また明治維新の1868年は、欧米文化が流入し、日本の伝統美術の価値が軽視されたことに対抗し、日本画家たちは新しい日本画をめざして苦闘しました。なお日本画という呼び方は西洋から入って来た油彩画などを区別するために生まれた言葉で、明治時代以降使われるようになりました。そして終戦の年、太平洋戦争終了後は、日本画滅亡論、日本画第二芸術論が興ったように、日本画への風当たりがつよくなり、その方向性を見失う中で、これからの日本画のありかたを模索する時代となりました。

●堅山南風《大震災実写図巻》について

 チラシやポスターに《大震災実写図巻》の各場面が紹介されています。家屋は崩れ、浅草の十二階と呼ばれ、東京の名物となっていた珍しい高層建築・凌雲閣が倒壊し、明治維新による新しい時代の象徴であった西郷隆盛像は「貼札ヲ着タ銅像」と化しています。東京は火事に覆われます。9月1日の震災当日はきっと同じように暑い中で、あのような大惨事に遭ったのです。

 南風の序文を見ますと「悲惨事だけを思ふて教訓を忘れてはならぬ」「非常の時に吾等を慰め救い給うのは、大慈悲の観世音菩薩である」「筆が渋り惨状を描けなかったが、観世音の擁護によってようやく一巻を終わった」と、その心の内を述べています。火事や震災などの非日常を、この上ない絵の題材として捉える作家は多いのですが、南風は精神の修養や神仏への信心という内面を磨く機会としました。

 作品は絵巻という形態に仕立てられています。絵巻は時間軸と空間軸を自由に描きこむことができます。東京の街の惨状を表し、復興に向かうと、巻末には光に包まれた観音菩薩が現れます。神仏の加護を視覚化したことになります。日本の絵巻には霊験譚といい、神仏を信仰していた人の病気が治ったり、壊れた家を直してもらったり、という仏教説話があります。絵巻の最後に薬師如来やお地蔵様が現れて、話が完結するのは、霊験譚の伝統的な絵画形式です。南風の《大震災実写絵巻》は作品名に実写とありますが、現場からの取材と、伝統的な日本絵画の形式がうまく溶け合った折衷的な形式をとっています。

●巻末の観音菩薩

 さて、絵巻の序文で震災の惨状にあって浅草観世音が火の粉一つだに受けなかったのは、仏の力によるものと南風は記しています。このように浅草寺の御本尊は聖観音像なのですが、秘仏です。いっぽう、南風が巻末に描いたのは楊柳観音菩薩坐像です。南風はなぜこのような姿の菩薩像を描いたのでしょうか。まずこの時代の画家にとっての観音像といえば、狩野芳崖の悲母観音(1888〔明治21〕年)の図像が第一に想起されました。南風自身、大正5年と6年にインドへ旅をし、風景、人物のほか、博物館の仏像を写生しています。南風はより身近なイメージと、写生の経験を経ている目元の深いインド風の菩薩を絵巻に採用したのではないでしょうか。

 同様に、法隆寺金堂壁画の菩薩像を参考にしたとも考えられます。帝国博物館(現在の東京国立博物館)には法隆寺金堂壁画の摸写があり、読書家だった南風がこの菩薩像の図版を美術書等で目にした可能性は高いと思われます。

●半蔵門ミュージアムで見る日本画

 半蔵門ミュージアムの展示環境は優れていて、鑑賞する人にとっても恵まれた条件がそろっています。一般に温湿度変化や物理的な刺激に弱い軸装の作品はガラスケースの中に展示するのですが(ケース内展示)、こちらではケース無しの露出展示になっています。作品と観る人の間に遮るものがなく、しかも結界の位置も非常に作品に近いです。遮るものが無いということは、日本画の特質でもあるその材料を間近に見ることで、画家がどのような工夫を凝らしたのか感じ取ることができるのです。作品のイメージは図録やネットで予め知っていても、目の前の現物にはそこに表せないほどの情報が詰まっています。

 日本画の絵具は主に岩絵の具といって、鉱石を砕いて精製したものになります。藍銅鉱(アズライト)は群青というとても美しい青色の絵具になります。孔雀石(マラカイト)は緑色の絵具のもとで緑青と呼ばれています。辰砂は鮮やかな朱色で古墳の棺などにも使われています。

 次に絵具の粒子と濃さですが、同じ原料からつくられた絵具でも、粒子の粗いものほど色が濃く、細かいものほど淡くなります。特に、一番細かいものを白(びゃく)と呼びます。きめの細かい赤ちゃんの肌が明るく輝いているように、目の細かい岩絵の具も光を乱反射して明るく(淡く)見えるのです。同じことが日本画の画面でも観察できるのです。

 金も大切な画材です。金を薄く伸ばした金箔、箔を細かくすりつぶして膠をまぜて泥状にしたのが金泥です。金の含有率によって見え方が異なるので、この点も意識して絵を見ていただきたいと思います。

 絵の土台(支持体)となる材質が紙か絹か、それもここ半蔵門ミュージアムでは観察できるのではないでしょうか。絹本では絵具が染み入っていく様が見られます。紙は材料となる木によってその質感が異なるので、絵具の乗りが様々で、それも見どころです。

(※横山大観《霊峰不二》をはじめとして、各作家と作品の紹介もしていただきました。)

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