講演会/イベント

2023/06/25

講演会レポート

【6月25日】「山岳信仰と仏教」 鈴木 正崇氏

2023年6月25日14時より、慶應義塾大学名誉教授の鈴木正崇先生による講演会「山岳信仰と仏教」を会場・オンライン併用で開催いたしました。

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講演会の内容

●山岳信仰への視角

 人々は山に対して、巨岩や巨樹、洞窟、森、河川、泉や温泉などの親しみと、噴火や洪水、大風などによる恐れの両方を抱いています。また、山は五穀豊穣などの祈願対象ともなりました。

 山岳信仰は、山に対する遥拝(ようはい)に始まり、山中での修行、そして山への登拝(とうはい)へと移り変わりました。人々は山について、❶「水の源泉」、❷「資源の宝庫」、❸「聖なる空間」、❹「死者の魂が鎮まる場所」と考えてきました。山は生者と死者の接点、神霊の降霊する霊地、仏・菩薩の浄土で、祖霊の赴く世界と捉えられてきたのです。

 山は他界、異界、清浄地で、仏・菩薩や神霊の居処であり、あるいは死霊や魔物が潜み、地獄や浄土とも認識されてきました。民衆にとっての山は、死と結びつき、山という言葉には死の連想が伴います。日本には、仏や神の名前がついた山が数多く存在しますが、圧倒的に多いのは仏の山の名称です。

 日本では神仏習合(しゅうごう)、神仏混淆(こんこう)の様相が一千年以上続いてきたのです。

●古代の聖域観/山寺の成立

 古代の聖地としては、三輪山のように山中の「磐座(いわくら)」信仰に基づいて禁足地が設けられることがありました。また、神います地として「カムナビ」という言葉があります。王都では、飛鳥京は神います丘、藤原京は大和三山、平城京は春日山・生駒山・奈良山という山々に囲まれていました。

 日本では外来の仏教を受容していきます。呪(じゅ)としての仏教を受け入れ、神仙による修行と混淆し、山林修行に変化をもたらします。権力者は「鎮護国家」を目指して仏教の教義を徐々に受容し、呪による祈祷も社会的に浸透していきました。山岳信仰に神仙思想が入り込んでいきます。

 最古の山寺は、飛鳥と吉野を結ぶ結節の地に誕生しました。そこでは仏教の「学」と「行」を修めることが両立していました。また、空海は、南都の大安寺で三論宗を学びましたが、教学を捨てて山中に入り、吉野から高野を経て四国にわたり、山林修行による神秘体験を得てから唐に渡海したのです。

 仏教受容の時代区分を再検討すると、❶国家仏教となった飛鳥・白鳳時代、❷神仏混淆の日本仏教に展開した奈良時代から江戸時代、❸神仏分離で再構築された明治時代以降に分けることができます。

●開山伝承

 奈良時代には神仏習合が展開し、多くの開山伝承が生まれました。俗人が山中に入り、狩人の助けを得て、鳥獣に導かれながら、仏に出会うのです。開山年の多くは白鳳時代と奈良時代に設定されました。

 役行者(えんのぎょうじゃ)については、『続日本紀(しょくにほんぎ)』という正史や『日本霊異記(にほんりょういき)』から実在が推定できます。葛城山を中心に活動し、呪術に長けた修行者でした。9点現存する「役行者絵巻」のなかで2番目に古いのが、半蔵門ミュージアム所蔵のものです。

 男体山や立山、伯耆大山(ほうきだいせん)、英彦山(ひこさん)などに、独自の開山伝承が存在しています。山頂祭祀遺跡で仏具類などが発見され、開山伝承を史実に近付けて解釈することができます。

●神仏習合/修験道

 神仏習合とは1907年に辻善之助が提示した学術用語で、神仏分離と対になって登場した概念です。

 仏法の神祇(じんぎ)信仰に対する優越を説く論理として、護法善神(ごほうぜんしん)や本地垂迹(ほんじすいじゃく)等が説かれました。護法善神は、神々が仏法を守護するという考え方です。12世紀に展開した本地垂迹は、インドの仏(本地仏)が日本では仮の姿の神(垂迹神)として現れるという思想です。

 近代以降、日本人の精神文化を支えてきた神仏混淆は、神仏分離によって急激に変化しました。明治元年に出された「神仏判然令」は、過激な神仏分離と廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)に展開したのです。

 修験道とは山岳信仰を基盤とした実践の修行です。発祥の地は大峯山で、吉野や熊野などで基盤が形成されました。吉野を金剛界曼荼羅、熊野を胎蔵界曼荼羅と観念して山中を歩く「峯入り」が行われました。山岳信仰を基盤とする視点から、修験道を再定義していく必要があります。

 修験は、❶超人的な霊力、❷霊力を得るための山岳修行、❸修行を媒介に結合する行者の集団と、意味合いが変遷してきました。里に定着した修験は、霊力への信頼を基盤に、豊作祈願、病気直し、薬の治療、登拝者の先達、文字教育など、生きている人々のために活動したのです。

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