講演会/イベント

2023/03/04

講演会レポート

【3月4日】「江戸の浮世絵―その新しさ―」 小林 忠氏

 2023年3月4日14時より、学習院大学名誉教授の小林忠先生による江戸歴史文化講座 特別講座「江戸の浮世絵―その新しさ―」を会場・オンライン併用で開催いたしました。

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講演会の内容

●浮世絵の新しさ

 最初に紹介する喜多川歌麿(きたがわうたまろ)の「歌撰恋之部・物思恋(かせんこいのぶ・ものおもうこい)」は、浮世絵のなかで最も美しい作品のひとつです。1790年代、寛政年間です。そこに描かれている女性は眉を剃っていますので、結婚したての若妻です。口紅をさしていますが、口を開ければお歯黒をしていたはずです。着ているものは江戸小紋。当時流行りの髪型で、鼈甲の髪飾りをさしています。物思う、とは激しく思っているということではありません。不安定な女心をあらわしているようです。

 この絵は当時、とても新しかったのです。日本で人物を絵に描く際は、その人が座っていようが立っていようが、全身を描くことが常識でした。上半身だけというのは新しいことでした。たとえば17世紀に活躍した菱川師宣(ひしかわもろのぶ)は有名な「見返り美人図」のように全身の女性を描いています。

 レオナルド・ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」は上半身の図です。18世紀後半、西洋画の知識を得た平賀源内(ひらがげんない)は、西洋婦人の上半身像を描きましたが、参照したと思われる絵もあります。

●春信と歌麿

 鈴木春信(すずきはるのぶ)の代表作に「雪中相合傘(せっちゅうあいあいがさ)」があります。若い男女が肩を寄せ、想い合っている、とても美しい絵です。春信は中判サイズに6頭身の人物を描きました。

 一方、喜多川歌麿の特徴は大首絵(おおくびえ)です。「婦人相学十躰(ふじんそうがくじったい)」は雲母摺(きらず)りです。「この絵を見てどう思いますか?」と、絵師が挑戦してきているかのようです。そのひとつ「ポッピンを吹く娘」は振袖を着ていますので、数えで15歳以前ということになります。

 歌麿は全身像も描きましたが、「青楼十二時(せいろうじゅうにとき)」に登場する女性は8頭身です。青楼は吉原遊郭で、「丑ノ時」すなわち午前2時頃の女性は手に灯を持っています。「酉ノ刻」は午後6時頃で、遊郭の女性が客を迎えに行く時刻です。こうした歌麿の絵は大首絵同様、とても新しかったのです。

 1780年代の鳥居清長(とりいきよなが)も8頭身の美人を描きました。品川の遊女は房総半島から来た人が多いようで、海の向こうを見ています。人工の光が当たり前ではなかった時代、人がつくった行燈(あんどん)と漁火(いさりび)、そして自然の月の光。これらを一緒に描くのも新しいことでした。

 オランダ人ライレッセの「大画法書」は1707年に出た本で、日本には長崎から入ってきました。そこには「八頭身裸婦図」がありますが、秋田藩主の佐竹曙山(さたけしょざん)による1786年頃の「写生帖」にも、平賀源内の弟子森島中良(もりしまちゅうりょう)が1787年に刊行した『紅毛雑話』にも同様の図が描かれており、浮世絵の八頭身美人は、ライレッセの「大画法書」を手本にしていることがわかります。

●北斎と広重

 葛飾北斎(かつしかほくさい)は風景画や漫画が有名ですが、40代や50代は美人画家でした。その「夏の朝」や「美人夏姿図」はとても美しいです。浮世絵は芸者や遊女を取り上げることが多いのですが、ごく普通の爽やかな女性も描かれたのです。若い頃の北斎は、洋風の風景画も描きました。

 そして晩年に富士山を描くのです。「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」はとても素晴らしいです。描かれている3艘は食料品を届ける輸送船です。富士山を礼拝する富士講の人々に買われて大ヒットしたのです。人々と自然、そして神様としての富士山を一緒に描いているのです。「甲州三坂水面(河口湖)」は逆さ富士を描いていますが、夏の山と冬の山で、かつ湖面に映る富士山はずれています。これは狩野養川院(かのうようせんいん)による本画を見て、自分ならこう描くと主張したものなのです。

 御家人安藤家出身の歌川広重(うたがわひろしげ)が亡くなったのは1858年で、コレラが流行した時でした。「東海道五拾三之次・蒲原 夜之雪」は東海道の暖かい土地柄なのでおかしいという人がいますが、これは雪の名所である越後の蒲原を描いたのかもしれません。「東海道五拾三之次」はベストセラー・ロングセラーの大当たりであったため、次に「木曾海道六拾九次」も刊行されました。

 その広重の作品に「水辺の楢屋」があります。この絵の面白いところは、広重が北斎の真似をしたと記していることです。広重は27歳年長の北斎を尊敬していたのです。

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